2005年8月に大航海を始めました。サーバーはNotos、国はポルトガル、今の職業は香料商人です。ですのでインド在住ポルトガル人ということになりますね。

 今日は最初の日記です。これから追々と書き足して行くつもりですので、よろしくおねがいします。

why, or why not

2007年2月25日 音楽
 恐怖、オカルト、サスペンス、ライトノベル。この4つのキーワードが共通するゲームで代表的なのは「かまいたちの夜」「SIREN」「ひぐらしがなくころに」がある。本曲は2002年夏のコミックマーケットで同人ゲームとして発表された「ひぐらしのなくころに」のアニメ版エンディングテーマだ。

 昭和50年代の片田舎に残る因習をテーマにした「ひぐらし」と、この曲は何故かぴったりきている。死の予感がひたひたと迫り逃げ場を失う、悪夢を見て醒めた時のような感覚を得られる・・かもしれない。

 この曲の歌詞はゲーム作品を特にfeatureした訳ではない。だが、ヒロインの一人、竜宮レナの心境に近い呻きのようなものにも聞こえる。それは、ひたひたと押し迫る(肉体的な)死の自覚を前に、まず精神的な死へと追い詰められ疑心暗鬼に陥っているような感覚だ。スクリーンに展開されるストーリーを前にする私たちは、勿論作中キャラクターとは違う立ち位置で眺めている。私たちは作中のキャラクターとは違う「一歩引いた」場所から見ているので、「この先に死がまっている」「狂ってしまうかもしれない」ことがわかっているのに、それにどうすることもない作中のキャラクターに深い哀を覚えてしまう。感じたことはないだろうか、そのドアを開ければ敵が待ち構えているのに(それは前のシーンで敵が身構えているのをあなたはみているからだ!)、笑顔で鍵を開けようとするキャラクターを。

 曲から入って「ひぐらしのなくころに」をプレイした私は、そんな感を抱いた。
 ポルトガル人な私は2007年2月のマカッサル大海戦(オランダ・ブリテン対フランス・イスパニア)は参加することができません。ただ、生来のおせっかいな性分からか、物資支援と偵察支援ができないものかとマカッサルに出向きました。


 最初は不安だった。何すればいいのかよくわからなかったし。特に、大海戦開催週のポルトガル議会でフランス側が支援のとりまとめをしていると聞いたので、後日イスパニアの有名軍人さんに定期船で会ったので尋ねた所「そういう話はあったけど、今はわからなくなった」とのこと。どうも、情報が間違っていたのではないのだけどね。イングランドの票(オランダ76%、静観20%)に現れているように、みんなやる気ないんねw


 では、これから当日のことについて。初日は西仏連合の数が圧倒。私がDOLに来た最初の大海戦、サンジョルジョの戦いでは終始、英蘭連合に数で押されていたことを想起すると、これはエライことだなと思った。みんなやる気ないんねw


 で、教祖ブログの記事にあるように、特定の艦隊と戦いすぎると戦功がもらえなくリミットにひっかかる艦隊続出となった。おもしろかったのは、敵味方がそのことに気づくとsayで「砲撃やめー」と言ってやめていることだった。戦争してるのに。だって、人間だもの(みつお


 戦場は小型から中型までジャカルタ前、スラバヤ北にある島がちょうどスラバヤの青ゾーンにひっかかるので、北の小島の両端において中型から大型まで延々と激戦、そしてそのすぐ北のバンゼルマシン前でも激戦。多分、同じ場所で戦っていたら相手が固定されてくるので、リミットにひっかかったら移動していたのだろうか?丁度よく、戦場が近いのは偶然ではないかもしれない。戦域となったパンダ海がルンしか港がないという異常事態でかつ、南が島も上陸地点もなにもないただ海が広がっていて戦場として役に立たないことを考えると、港前、特にスラバヤとバンゼルマシン間が一番狭いのでここにみんな集まってくるのはしょうがなかった。尚、ジャカルタ前も同様。みんなNPC倒して有利な戦況をというよりは艦隊戦を楽しんでいたようだった。伝え聞くDOL初期の純粋な海戦に否応なく押し込まれたような感じだった。みんな艦隊戦好きなのね。


 多分、2日目は英蘭連合は青ゾーンを徹底してくるだろうとの情報があった。そしてヴェネツィアがアジアとは真反対のリオデジャネイロで策動する動きありとの報も・・(いや既に動いていたか)
 やはり英蘭連合は青ゾーン作戦を徹底してきていた。前日は近年の大海戦ではめったに見られない差がついた(仏62%、蘭38%)こともあり、二日目は英蘭のNPCが全くみえないという事態になった。


 この日記を書いている段階では3日目が始まっていないが、この日記を始めたのが今日からだから誰もみていない(多分これからも誰もみない)だろうということで、マッカサルから西、ジャカルタまでをフラフラしながら手に入れたNPC出現ポイントを整理しておきたい。



 一つ目は、バンゼルマシンから西へ陸沿いに進んだ、カリマンタン島西端の切れ目付近。常時敵味方NPCが3艦隊程度沸いている。
 二つ目は、ジャカルタを出て東進し、すぐの北の小島との海峡付近。英蘭連合はジャカルタからマッカサル方面に出ようとすると必ずここを通るので行き帰りに丁度良いポイントだったかもしれない。


 三つ目は、マラッカ前とマラッカ前からすこし東、ジャカルタ北の二つの小島付近にかけて。


 
 戦況は・・昨日と変わらない。特に大型ではジャカルタ前、バンゼルマシン前、スラバヤ前東側の(ジャカルタ前は更に3箇所程度に細分化されていたが)三箇所で延々と闘っていた。また、羊羹らの艦隊がパンダ海でNPC相手、NPCを狙う艦隊相手に荒らしまわっていたようだった。終盤に逆転して二日目終わり。やはり、小型ではNPCが出るかでないかで大きな差がついていた。偵察していて、みるところみるところ全て西仏のNPCしか沸いていない。全く、ほとんど、英蘭のNPCはみなかった。



 さて、多少差が縮まった(蘭44%対仏56%)。三日目、NPCの数で決まる小型の戦況に注目したい。
 DOLのチャットでも「どーまんせーまん」「陰陽師www」ははやっております。一部の人にだが。少しは大航海時代online以外のことも書いていこうと思う。

 DOS攻撃を食らって二日前にサービスを緊急停止したにこにこ動画(β)。ニコニコ動画はみなさんご存知?システムはYoutubeのサーバーに同居していて、Youtubeの動画にリンクしている日本語の投稿動画サイトなわけです。Youtubeって何が特徴なんでしょうかね、私わからんのよね。サイトが見やすく動画が使いやすいっていうこと、曖昧で変なネットの理想を前面に押し出さないで「(エロ)動画がみたい」という欲求を満たすことに集中しているっていうこと位かね、つまり技術的にどうこう言う程でないと思うんだけど、そこらへん玄人さんにはどうなんだろうか。最近、(Youtubeは米人が昨年末から激減したということもあるけど)日本人の閲覧者が激増していて結構な動画のコメント欄が日本語>英語なこともあり著作権法での訴追とか結構逆風ふきあふれる動画投稿サイトなわけですが、数ある動画投稿サイトの中でもにこにこ動画(β)は結構な閲覧数を集めていたのですね。

 それと監修に2chのひろゆきが関わっていてなんだか変な感じがするのですが、2chやしたらばから大量に閲覧者が流入しているのは彼のネームバリューだろうし。そういえば井上トシユキが最近「ITライター」という肩書きに変わっていたのだけど、彼はライターだったのか。そうだったのか。

 で、本筋はなんだったっけ。起きたばかりで忘れてた。ええと。にこにこ動画がクラッシュした件ですね、はい。詳細な原因は不明です。つまりどこからどういうアクセスが大量に飛んできたのか、それはIP変えてるのか、中国から大量の祝電が届いた結果なのか、わからない。ただYoutubeのサーバーにも負担をかけることになるのでサービス休止を決断した模様。

 まぁ、ユーザーがコメントつけるのはサーバー負荷になるだろうし、「コメント数」順位を公開しているので一位争いとかが無残だった。陰陽師とアイマスが首位争いを続けている日本はどうかと思います。私はひぐらしのなくころにに7個コメントつけたけど。また、以前のバージョンでは「閲覧数」の順位も公開していたため、別に金になりもしない動画の順位の為にF5連打推奨されていたのね。これではサーバー負荷かけるよなぁ。私は陰陽師10回連打してたけど。
 さて、三日目。支援物資調達の為、リスボン→マッカサルを往復しないといけないのがつらい。更につらいのは、1,2日目共に勅命を受けていたのにカリカット商人ギルドに情報を取りにいくのを忘れていたとか、それに気づいたのがジャカルタ西上陸地点の花の前だったとか、更に急いで盟約作成したらのこぎりを持ったまま偵察していて無残に船大工ののこぎり(リスボンバザー価格2.5M)をクックルクーノパーにしたとか。みんな私があわてんぼうのせいですね、はいすいません。



 で、大海戦最終日の偵察者の目から。二日目は英蘭NPCが全く、全くでなかった。だから、差は縮まった(一日目が仏62%対蘭38%、二日目には仏55%対蘭45%)。偵察している価値も前日に比べ、少なかった。別に二日目になって彼我戦力差が縮まったとかそういったことはない。相変わらず二日目も仏西連合が余り気味だった。ということを考えると、英蘭連合が小型中型NPCに着目するという戦略的判断があったかもしれない。戦術的には、NPC狩り専門艦隊をいくつか意識的に設けて、固定艦隊が着たら解散する戦術を使うのではないか、という憶測は1日目からあった。で、2日目にそれは現実のものとなった。3日目でも上記戦術が徹底されていた。



 (今現在(2007年2月26日)、本ブログでは、他にもブログを持っている大航海時代onlineのブロガーの名前は適宜、エントリ作成に必要があれば出します。尚、中傷誹謗に類する表現は用いず、著作者人格権の侵害に当たる行為は行わないことを徹底いたします。ブログの自分ルールについては後日詳細を改めてお伝えします)



 三日目、私は今日もバンゼルマシンから陸沿いに西、カリマンタン島の南西端を基点にして、ジャカルタから東へすぐ北東の小島との海峡付近の間をせっせと往復してNPCやPCの情報を偵察チャットに流すことにした。小型から中型にかけて(大型は元々数が少ないので)西仏、英蘭共にNPCボーナスタイムが存在した。二日目には西仏のNPCしか見なかった事とは対照的だった。積極的に偵察チャットに情報を流していたら、猫教団の教祖艦隊やいくつかの艦隊がジャカルタ→スラバヤ間の移動のついでに立ち寄ってNPCを掃討してくださった。偵察のしがいがあります。感謝。



 更に、NPCを専門に狩る英蘭のペアなし艦隊は、少なくとも2ついた。記憶が定かでないが、ペアを持っていたように覚えているのがLainhalt艦隊、ペアなしでNPCを狩り続けていたのがYork=Anne=Mann艦隊、それともう1艦隊ある(ペアがいない時間帯もあれば、いた時間帯もあった)。特にぺあなし艦隊は固定のペア艦隊と戦っても勝てる訳がないので、すぐ逃げていた。あ、1日目からとあるNPC狙いの艦隊さんが偵察海域にひっかかったのでおしゃべりもしてしまったが。戦場の友好・・・でないよね。勘違い。



 戦況は・・あまりよくない。二日目まではジャカルタ前、バンゼルマシン前、スラバヤ前の3戦場での戦力差は抑えられていたが、三日目はバランスが崩れてしまった。特に大型で。ジャカルタ前に西仏連合が集結しすぎてすぐ余り気味になり、スラバヤ、バンゼルマシン前には英蘭連合の精鋭が集結していたのだ。


 だが、結果的には、西仏連合は三日目大型の終盤30分で、全体で223の戦功を稼いだ(下記注記1参照)。



注記1:
大海戦三日目 大型の中間時点での各軍の成績(公式速報より)
   ネーデルランド軍 527 フランス軍 632

大海戦三日目 終了時点での各軍の成績(上の30分後)

   ネーデルランド軍 642、フランス軍 865


 
 上の注記からもわかるように、大型終盤30分だけで全体の4分の1以上の戦功を稼いでいる。NPCが効率的に悪く、PC同士で戦う方が楽しい大型が、どの海戦においても鍵となる時間帯なのは言うまでもない。ただ、大型終盤で差が多少開いてきたように思える(下記注記2参照)。


注記2:
大海戦三日目 中型30分時点での速報値

   ネーデルランド軍 320  フランス軍 344


 三日目中型中盤時点ではほとんど差がない。注記1の三日目最終結果と併せて考えると、数で勝る西仏連合が大型終盤30分で差を更に広げていることが判る。更に、二日目の大型の結果と比較してみた(下記注記3)


注記3:
大海戦二日目 大型30分時点での速報値
  
   ネーデルランド軍 552  フランス軍 541

大海戦二日目 最終結果

   ネーデルランド軍 655   フランス軍 715


 二日目は大型終盤30分で西仏連合は戦功179、三日目は同じ時間帯で232の戦功を稼いでいる。西仏連合が、二日目と比較して三日目終盤30分でプレイヤー艦隊相手に荒稼ぎしていたことが判る。この要因はなんだろうか。勿論、量は三日目も西仏連合が勝っていたから、大型で差がついたのは当然である。特に、金曜日よりは土曜日の方が人数は多いだろうし、土曜日より日曜日の方が参加者は増えるに違いない。しかし、人数が増えるのは英蘭にも言える。つまり、日曜日には人数差が縮まったという可能性も、その逆もありうる訳だ。だが初日から最終日までの参加者の数は知らないので、人数差が戦功に与えた影響についてコメントすることができない。人数差が二日目と三日目のラストスパートに50以上の差を与えたのかもしれないし、そうではないかもしれない。そこで、人数差以外の要素がないのか、以下はとりあえず私なりの説を提示しておく。



 私の結論から言うと、今までは「困った、困った」と思っていた1艦隊当たりにつき4回までしか戦功が加算されない措置が今回は奏功したように思える。まず、大型の中盤まで、偵察チャットにおいてはスラバヤ前及びバンゼルマシン前で激戦が予想されていた、にも関わらず、西仏艦隊はジャカルタ前に何故か集中していた。だが、戦功取得回数のリミットに掛かったと思われるいくつかの艦隊(ログをみる限り、教団艦隊ペア、レムオン艦隊ペア、他2ペアがジャカルタ前からスラバヤ&バンゼルマシン方面に転進している)が移動したため、相対的な戦力バランスが改善されたと判断できるのではないか。「困った、困った」言っていた仕様に助けられた格好である。尚、以上の推測の根拠は単純である。偵察していて、二日目に比べて、三日目の方がジャカルタからスラバヤ&バンゼルマシン方面に移動する艦隊が多かったからだ。それだけ(尚、各戦場での戦力差が調整された結果、三日目大型終盤ではスラバヤ前でも味方余りが発生していたらしい)。



 だが、これは偵察していた私の目から見た推測に過ぎない。というのも、英蘭連合の一部の艦隊が西仏の強力と思われる固定艦隊を意図的に避け、結果的に西仏艦隊の一部が仕方なく移動を迫られた、という側面もあるかもしれない。勿論これは推測であって例えば教祖やレムオン氏に確認したというわけではない。2日目なら翌日の為にもそこらへんを確認してみたい気持ちがはやるが(知らない人だから勇気でないので他の方に聞いてもらったかもしれない)、もう終わったのだからそんなめんどくさいことをするつもりはない。まぁ、戦術的要素と仕様の影響が出た、という推測を提示して終わりということで。 

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